ガミガミ主義(全米ガミガミ屋協会公認)

食べるために生きるのであって、生きるために食べるようにはなりたくない

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今日も黙々と・・・

1日、黙々と部屋を片づける。途中何度もボーっとしながら。
1人で棚を分解した棚を、新居についたらまた1人で組み立てるのかと思うと不毛な気がしてくるが、黙々とやる限り、あんまり苦にならない。
けっこう、いろんなものを捨てた。だけど、しょーもないものに関して、ふと考えてしまう。例えば、「金魚のエサ」・・・去年の十番祭りで金魚すくいをした翌日、あわてて買ったもの。しかも、瀕死の金魚のために、やたら高いヤツを買ったのだ!今年はあのショックを思い出して、金魚すくいはやめにした。でも、新居で金魚飼いたいから、やっぱし捨てるのやめとく。
それにしても、生活しながら荷物をまとめるって、本当に大変だった。途中いろいろあって、引っ越すことじたいをやめにしようかと、しまった荷物を元に戻したり、徒労も多かった!そんな傍らでは、会社では劇的な変化が起き、体制が変わりモチベーションを上げていこうという中、足並み揃わない人間のケアをしたりする一方で、出るとこ出ましょうか的なダウナー系「残務処理」も継続中で・・・。そう考えると、よくパラノイアにならなかったなあ、頑張ったじゃん、私!って思えてくる。
そんな、複雑な夏も終わろうとしている。心おだやかな秋を迎えたいな。もう少し余裕が持てるようになりたい。
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  1. 2006/08/21(月) 00:38:15|
  2. 独り言ガミガミ
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人生でいちばん大切なことは "ragionamento"

私はいつも、La cosa piu' importante nella vita e' ragionamentoだと思って生きてきた。
ragionamentoって日本語で適当な言葉が浮かばないし、英語でも相当する言葉がわからないのだけど、敢えて言うなら「思考を整理する」かな。
自身の行動とか考え方の根幹に値するところ。このようなragionamentoの結果、こういう行動をとっている、というふうに思考と行動の一貫性を持たせるもの。
よく、混乱して誤った考え方に固執したり、進むべき方向が見つからなかったり、わけわからなさの渦中にいる人には「ragionati bene!」(よく考えてみなよ!)って言ったものだけど、今は自分自身に対して、そう言うべきなんだろうな。
ragionamentoがなっていなければ、自分の現在行っていること、行おうとしていることに関して不安や迷いが発生してしまい、意味がわからなくなってしまう。
結局のところ、私は今、このragionamentoをもう一度やり直す必要があるってことに気付いた。
実のところ、最近たいへんショックなことがあって、自分はものすごく不幸なんじゃないかと思っていた。実際、不幸だと思う。まずそこを認めることにした。でも、不幸であるなら、いつまでも不幸のどん底に居続けるわけにはいかないのだ。絶対に浮上しないといけない。不幸な私というのは、私のブランディング上、あってはならないことだし、私の人生を不幸にするのも幸福にするのも私自身なのだ。
結局、過酷な現実に立ち向かうには、ragionamentoがいちばんの薬だし、武器でもあるわけだ。そうやって私は過去も困難を乗り越えてきたわけだし、これからもそうやって生きていくのだろう。それで、そんなragionamentoのやり直しのためには、少しの勇気が必要なのだ。泣いたところでなんの役にも立たない。
  1. 2006/08/15(火) 00:45:45|
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ものを捨てるということ

基本的に引っ越しというのは、いるもの・いらないものを整理して、スッキリするからいいものだ。日本に戻ってきた当初は、けっこうすっきりと暮らしていたのに、知らず知らずのうちにモノが増えているのね。無用なモノをため込んでいる生活というのはよろしくない。
とは言え、段ボール詰め作業なかなかはかどらない。
物理的に、もう役に立たないモノは機械的に捨てられるけど、ある種のモノはいろんなフラッシュバックを呼ぶものだ。
例えば、2002年にローマで見た「レンブラント展」のリブレットが出てきて、美術館のロビー、スタッフのジャケットの鮮烈な色、一緒にいた友だち、テラスから見た空の色、それからローマで関わっていたいろんな人々の顔なんかが次々に思い出されてしばしボーっとしてしまう。
それで思ったんだけど、人間にとって思い出ってかなり重要なウエイトを占めているってこと(当然か?)。
ただし時には、思い出というモノがすごく厄介で、現在より良かった時の記憶に縛られてしまうこともあり。今より、あの時のほうがよかったな、と思えば今がつらくなってしまう。ただし、遠い過去なら、今と比較してもどうということはない。
日本に帰ってきてこのマンションに住みはじめた頃は、日本の生活がつらくてイヤでしょうがなく、帰りたくて泣いたりしてた。けど、今は別に屁でもない。
そこでまた思ったんだけど、どうして日本語には「遠過去」の時制がないんだろう?
北ではあまり使わないから、遠過去だけは活用ほとんど覚えてないけど、イタリア語をしゃべって12年目にして、初めて遠過去の存在意義を実感した!
あったほうがいい!「現在の自分とは関係のない過去」のような概念。なにかと思考がシンプルになると思われる。
やっぱし、モノと思考の整理整頓が大切だ。
  1. 2006/08/13(日) 00:33:29|
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引っ越しマジでやばい・・・

レスラーズ運輸さんには、段ボール20箱と言ったのだけど、今、本を詰めただけで、段ボール1箱のキャパシティがあまりに小さいことを知った!
なんだかんだ言って、私は非常にモノの多い生活をしているのだ。特にキッチンまわり!鍋とかそういったものって、段ボールに入れるとかさばるのよね。・・・っていうか、日本て何でも規格小さすぎ!!!!
それと、生活しながらモノを詰めるって、アタマ使わなきゃいけないから大変。そして、実質的に、そんな作業をする時間はほとんどないことも知った。
ああああああああああああ!!!泣きたくなってくる。
仕事なんかしてるばーいじゃないわけよ、実際!
誰でもいいから、手伝って!ホント!
  1. 2006/08/09(水) 23:38:17|
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【プチ衝撃】お互いの活躍をネットで知る時代

ネット社会のクチコミが、バイラルがって言われても、はっきり言ってピンと来ないじゃないですか。
私のこのブログも、1日あたり200UUって言われても、全然ピンと来てないわけですよ。
・・・でもね、今日、かなり衝撃的なことがありました。ホント、びっくりしました。
というのは、新卒で入った会社で、とても仲良しだった同僚・本田くんが、木工職人に転身したわけなんですけど、10年ぐらい前の話ね。で、彼のことは気にはしていたけれど、私も日本にいなかったりで、音信普通になっていたわけです。私が日本に帰ってきていることすら、お知らせしていない状態。
で、気に入った家具がないなと思う昨今、本田くんのことを思い出し、別な友達に連絡先等を聞いて、そのHPを見たら、その活躍ぶりにオドロキ。大したもんだなあ~・・・と感慨あり。
で、さっそく電話。10年ぶりくらい?
そーしたら、唐突に「沖縄で、あんたのブログのコアなファンがいてさ」と切り出され、あ然。
要は、その沖縄の方が、このブログを読み、「P社出身で、イタリアに行ってた人」みたいなプロファイリングを彼に伝え、私のことだと察知されていた・・・という話。
本当にびっくりしました。
世の中狭いよねとか、そういうことは往々にあるにせよ・・・。
それで、もっと驚いたことは、本田くんは20代半ばで会社を辞めて、技術専門学校みたいなところで1から技術を習得したんだけど、私が今度引っ越す先は、その技術専門学校の前なの!
いろんな「縁」があるものです。
  1. 2006/08/08(火) 18:41:58|
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中国4千年の極楽な夜

夜、独特な中華のお店「黒猫夜」にてご飯。ランチに来て気に入ったから夜もいい感じだと読んだけど、期待に違わず、なかなかのもの。というより料理は昼よりはるかにうまい!食材も凝っている。
それと中国4千年のお酒がいろいろあるので興味津々だったが、あまりにもいろいろでわけわからない。けど杏子酒&ラズベリー茶のカクテルは最高のヒット!氷を入れたグラスに、熱いお茶。そこに杏子酒を好きなだけ入れて飲む。こいつははまった!!
終電で帰って銀座からてくてく歩く。この道をこうして帰るのもあと何回かしら?なんて思いながら。築地川公園の植え込みに茂っているローズマリーにはお花が咲いていた。目を凝らしていればこんな劣悪な環境でも、たくましく自然が生きていることを実感できるものなの。そんな生命に敬意を払うことは大切なこと。
そう、もうすぐ引っ越すのです。本当に引越の多い人生だなあ。それも30過ぎてから急に。3年に1度の頻度で引っ越している・・・ってことで、過去のトラスロケーション体験を思い返してみる。フィレンツェを引き揚げるとき、ローマから引っ越すとき、トリエステから引っ越すとき、そしてミラノを引き揚げるとき。どの時も状況は違ったのだけど、なじんだ町を去ることに対して、何とも言えない寂寥感があって、それはそれは悲しいものだった。特にミラノを去るときの、あの胸をえぐるような寂しさ、どの通りの角を曲がっても泣きそうになってしまう感じ・・・なんかを、すごくリアルに思い出した。私は勝どきで3年を過ごし、この殺風景な町にかなりの思い入れがあるので、ここを引き払うときはどんなに寂しく思うだろうと思っていたけど、なぜか今回はまったくそういう気持ちがしないことに気付いて、自分でもびっくりする。
だけど、もうなかなか来れないので、行きつけの中国人マッサージの店、その名も「毎日健康」に寄り、むちゃくちゃ凝っているのをほぐしてもらう。やっぱしここの先生たちはとても上手で、「てもみん」なんかとは比べものにならない。マッサージしてもらったら、足って本来、こんなに軽いものなのね!まるで足がなくなったみたい!と感じてすごく感激する。この町を離れるにあたって、何が寂しいって、ここにしょっちゅう来れなくなることかも。中国人のお兄ちゃんたちには、敢えて引っ越すことは言わなかった。
  1. 2006/08/08(火) 02:46:22|
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よく寝たな・・・

ここのところ、体調悪いこともあって、気が滅入って仕方ない。
昨日から頭が痛くて、会社の宴会も、その後の2次会も、今ひとつパッとしない気分のまま帰宅。今朝起きて、やっぱし頭痛が激しくなってて、薬を飲んではまた寝る。暑かったので汗がダラダラ出た。最近好きなだけゆっくり寝ることがなかったから、いいけどね。
結局、こういうときは何か食べないと良くならないので、炒飯作って食べたら、やがて頭痛は消えた。こういうとき、何か作ってくれる優しい女房みたいな人がいればいいのにな・・・と思う。お母さんて有り難かったな・・・とかね。
子供時代は、親が何でもしてくれることを当たり前のように思っていたけれど、今になると大変なもんだったなとしみじみ思う。やっぱし無条件の愛は親というか、家族だけ。
今度家に帰ったら、ちゃんと感謝の気持ちを伝えよう。つねづね「ありがとう」は言うようにしているけど、でも改まってきちんと言うべきだ。昔は当たり前だと思っていて悪かった、ということも言うべきだ。そういうことをおろそかにすると、あとで絶対後悔する。無償の愛というのは、たぶん当然なのは当然なんだろうけど、感謝はやっぱし口に出して伝えるべきだし、親はモノや金よりも、そういう言葉を嬉しく思うに決まってる。親じゃなくたって、人はやっぱり言葉をきちっと言われることがいちばん嬉しい、逆に言われないことはさみしい、ってことを最近強く実感しているからね。
  1. 2006/08/06(日) 00:05:21|
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ちょっとした心のうるおいゲット!

前職時代の同僚に会い、ご飯を食べて、酒飲んで、お茶して、気がついたらこんな時間!
いろいろ話は尽きないね!楽しかった!!なんか私、すごくいい気分転換になったよ!どうもありがとう!
魚は真水では生きられないとはいえ、あまりに淀んだ水に暮らしていると、そのうち藻がエラに入って呼吸ができなくなってしまいます。早くいい海か川に放たれる日が来るといいね。
  1. 2006/08/03(木) 03:24:07|
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心を潤す何かが欲しい・・・

気持ちに潤いがなくなっていると感じている今日この頃。情けない気がするくらい。
なんだろう。なんかムシャクシャする感じでもあるし、心ここにあらず的な感じでもある。自分のことでもまったく身が入らない。
以前はもっとやさしい気持ちや余裕を持っていた。
今は、人ごみの中で前をふさがれただけでも舌打ちしたくなる。
やる気があって、イライラしているというのでもない。
こういうのはなんだろう。
何かのスイッチが、オフになってしまった感じ。
これはどうにか解決しないといけない問題だと思っているけれど、実際はここまで来るとどうしたらいいかわからない。
あくまで自分自身の問題なんだと思う。
なにか、もう一度スイッチを切り替えられるような何かが起きないかな。心の底から沸きあがってくる喜びを感じられるような・・・。
  1. 2006/08/02(水) 18:00:36|
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人生はイベント

人生とはスペクタクルであり、町は巨大な舞台装置。そこに生きる人はみな役者であり、それぞれの局面で、役を演じている。どんな通行人ですら、舞台の一部だ。そしてどの幕でも、役者はどれだけ観客の拍手を受けることができるかがすべてである
っていう基本的な事実に、私はイタリア生活において開眼し、そして自らも実践した。結局のところ、人生は楽しまなければ損なのだ。そしてまた、生きている限り、人を楽しませなければいけない。

そういうわけで、私は
こんな引越し業者
を利用しようと思う。
  1. 2006/08/02(水) 10:52:44|
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言わないことはわからない

私は日本人特有の「言わなくてもわかるでしょ」的な発想が苦手。というか、ダメ。
だって言わないことは伝わらないし、大切なことは伝わらなくては意味がない。
人の考えていることを推測して、きっとこうじゃないか、ああじゃないかといったって、そんなものはしょせん推測に過ぎず、結局行き違いを生む結果になるだけ。
わからないことは確認したほうがいいと思う。
いろいろなコミュニケーション手段が発達したところで、いちばん大切なのは言葉であって、言葉の労を惜しんでいたらなんの交流にもならない。結局、なんだかんだ言って、人間は言葉を信じるしか手段はないわけで。
それに、言葉にコストはかからない。それを惜しんで、どうするのか?って、私は思うけどな。
  1. 2006/08/02(水) 02:17:12|
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男だから

満足とか満足じゃないって、結局のところは、自分の思うように行くか行かないかだけの話なんじゃないかしら。
挑戦とか目標とか、なんやかや美しい言葉を並べて事実を飾っているだけで、シンプルに言えばそういう欲求を満たせば満足、満たさなければ不満というだけでしょう。
「オレは男だから」で始まる言葉は、カッコよくは聞こえるけれども、そういう言葉を多用するタイプに限って、肝心なところでは逃げてしまう。逃げるという体裁には見せないで。でも、やり散らかした「仕事」の後始末は誰かがしなければいけないわけで、すごく正直に言えば、いい気なもんだよな~、と思わなくもない。そこで「男だから」とは一言も言わず、文句も言わないでひっくり返されたおもちゃ箱を片づけるシャチョーを見て、本当にカッコいいのは、実はこの人なんじゃないか、と思ったりする今日この頃。女はそういうところをよく見ている。
実は私は「オレは男だから」と言う男が大好き。最終的には男だからなんなのか?というか、男でも女でも関係ないんじゃないの?って思うけど、わざわざ枕詞として自分の男性性をアピールせずにはいられないほど、こいつは自分が男だってことを意識して生きているんだな、女とは違うんだろうなって、期待が発生するから。
つまり「男だから」とわざわざ言う男は、言わない男より「男らしい」んだろうなって思うわけ。男らしいってことは、潔さとか頼りがいとか、なんだろう、強さとか、責任とるとか、そういうことかな・・・・。
であれば、多少のしょーもないことは全然許せる。
「オレは男だから、オレのやりたいようにさせろ」ってことは、最後はあなた責任取るってことね、少なくとも弱いものを守るってことね、という暗黙の期待みたいなもの。
でも実際は、好き勝手言ってて、最後はどっかいっちゃうものだとしたら、少しさみしいものがあるな。
男の人のいいところは、プライドを大切にしているところ。バカだなって思うのは、自分で作った自分のプライドにとらわれてしまうところ。そもそも、何のためのプライドなのかしら。よくわかりません、私は女だから。
世の中、男と女しかいないのに、本当に解り合えないものなのね。
  1. 2006/08/01(火) 01:21:50|
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シンプルには生きることは不可能なのか?

私は今まで、シンプルに生きることを心がけてきて、すべて行動や決断はシンプルな動機を大切にしてきた。
やりたいからやる。そうなりたいからする。行ってみたいから行く。好きだから大事にする。いいと思うから続ける。欲しいから手に入れる。
やりたくないからやらない。そうなりたくないからしない。行きたくないから行かない。好きじゃないから手放す。よくないと思うからやめる。欲しくないからいらない。
私はものごと信じられないほどよく考えるタチだが、最終決断は、メリットの多さやデメリットの少なさではなく、どれだけ自分のシンプルな欲求が強いか、の度合いによって判断してきた。
その結果として、私にはやり残した感とか、我慢した感とかがない。ああすればよかった、とか、こうしておくんだった、とか、そんな風に思うこともまったくない。
いいこともあれば、もちろんイヤなこともさんざんあったけど、結局、すべては自分が望んでしたことだ、と思えるからね。

でも何なんだろう。年をとるとシンプルに生きることは難しくなっていくのかな?
だいたい、それは年のせいなのか?
楽しければ楽しいし、嬉しければ嬉しい。悲しければ悲しいし、つらければつらい。
そんなシンプルな感じで、人生を送っていきたいけれど、どうしてそんなふうには行かないのかしら。
生きていくって大変だけど、毎日大笑いしている間に時間が過ぎていく、って不可能なのことなのかしら?
性格的に、何かを無条件に信じることがなかなかできないだけに、そういうものを得たら大事にしたいのだけど、結局のところ、それすらも霞か幻のようなものだってことなのかしら?

人生って修行だな。苦行の末に、楽になれたと思っても、すぐ別な困難が待っている。
結局、生きている限り、楽になるなんてことはないのかもね。
「寿命というものがあってよかった」というのはあやちゃんの名言だけど、本当にそうかも知れない・・・・
早く「涅槃で待つ」ような心境に至りたい。
  1. 2006/07/31(月) 02:08:09|
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2日連続で会社を休む

今日は普通に行けると思ったのに、強烈な頭痛&吐き気でフラフラ。ベッドから起きあがれない。連続して会社休むなんて、過去あまり例がないのだけど、今年になって、というかこの会社に入って2度目。
モモレンジャーに言われたとおり、こういうときはスポーツドリンクをガボガボ飲むしかない。
たぶん風邪で抵抗力がなくなっているところに、突然暑くなって、夏バテしたってことね。まあ要するに、疲れて体力が落ちているということだけど、ベッドで植物状態なまま、かなりの反省をした。
というのも、私はそもそも虚弱体質なんですから。
そう、多くの人に「意外」と言われようと、昔から元気に見えて体は弱い。だから無理できないの。
それに加えて、私は年をとった。もう若くない。これを日々実感しているくせに、実はちっとも身体をいたわっていないではないか。
そんな体にいちばんこたえるのは寝不足と不摂生。だから倒れるべくして倒れているということね。
やっぱり規則正しい食生活と充分な睡眠をとらないといけない。倒れてつらいのは私自身だから。
このところ本当に摂生している実感がゼロで、自堕落な生活だったのも、実はイヤだった。太る一方でろくなことないし。
今後はかなり意識して、まともな生活に戻すようにしよう。ホントに・・・
  1. 2006/07/29(土) 01:55:54|
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また点滴・・・

杉野内科で例によって点滴のあと、しぶしぶ出社。
天下一の根性なしとして40年近く君臨してきた私としては、こんな不本意なことはなく。
あ~~~~~~~~~寝ていたいよ~~~~~~~~!
悲しい・・・
しかも、この点滴って、気持ち悪くなるんだよね。吐き気する・・・。
無理。帰りたい・・・・。サラリーマンはつらい。
  1. 2006/07/24(月) 13:00:02|
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この週末

■土曜日。ミサたんと近所でブランチ。久しぶりにあれやこれやゆっくり話す。
ミサたんとは同じマンションに住んでいるが、転職してからというものゆったり食事する機会もなく、あわただしく日々が過ぎてってる。
半年前まで同じ職場にいたのに、お互いを取り巻く状況はどんどん変化して・・・まあ、当たり前なんだけど改まって考えると不思議な気もする。
ミサたんたちの年代は、年回り的にいろいろ大変だけれど、気持ちを強く持って頑張って乗り越えて欲しいと思う。
生活の中で、仮に「仕事面」と「私的な内面」があるとして、仕事面でいろいろ大変なのはいくつになっても変わらないのだから、ここ数年は内面の発展の時期だと捉えれば、単に漠然としたつらさでもなくなるかも知れない・・・。そういうときこそ、自分の気の強さが、本当の意味でよりどころになるよね。人生に妥協はつきものだとは言われるけど、根本的なところで妥協すると、あとで調子が上向いたときに絶対後悔する。まあ、なんでもEasy come, easy goの法則ですよ。
■DVDを借りて家に戻ったら、ものすごいくしゃみ&鼻水、喉の尋常じゃない痛みと咳が出てきて、たまらずダウン。
それ以来、夜になるまでベッドで過ごす。寝汗ぐっしょりかく。
キングに「ハーゲンダッツ買ってきて」と頼んだら、なんと意味不明に7個も買ってきた・・・・。食べるのは私一人。どう思います?ってゆーか、それも想像していた通りのことだからよけい笑っちゃう。こういう人どっかで見たよな~・・・と思ったらうちのオヤジだった。
最近、キングのいろいろなことを考えるにつけ、「猫のウンコの原理」と同じだと思って納得することにしている。まーそれは、相手にも同じように考えてもらいたいものだけど。
■日曜日。しょーもない仕事をやっつけなければいけないのに、ちっともよくならず、ベッドで過ごす。
うとうとしながら、これだ!と思う企画5個考えついたのに、今となってはまったく思い出せない。
■は~。元気で、時間がたっぷりある生活がいいなあ・・・・。
夕方、近所で焼肉食べて(味がさっぱりわかんなかった!!)、少し元気になったけど、小さい咳が止まらない。明日の朝は、杉野内科に寄って行こう。はー・・・・。やだなあ・・・
  1. 2006/07/23(日) 23:03:35|
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知らされるべきか、知らされざるべきか・・・

こんな時間に休日出勤を知らせるメールが飛んでくると、へこみますね。
かといって、明日の朝1で知るのもへこみますな。
ガン告知みたいなものですかね。
うちはガン家系なので、私は告知されたいかされたくないか・・・折にふれ考えるんだけど。やっぱりわからない。
というか、もう完全にガンで死ぬことが確定してるようなものなので、毎日を笑って楽しく生きることにしてるんですけど。
そんな理由で毎日を楽しく生きることにしている私の週末に、水を差されるとへこみますわね・・・(以下ループ)
  1. 2006/07/21(金) 01:50:11|
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いろいろな優秀な方がいます

仕事のあと、某いわゆるコンプレックス系商売の集客戦略などをやっていらっしゃる某氏を紹介され、立て板に水の如く発せられるいろいろなお話をうかがう。まあまあまあまあ、すごい商売だなあと感じる。
やっぱし、デブ・ハゲ・ブスは儲かるのだ・・・でもそういえば「チビ」だけは今ひとつ産業が発達していないなあ。シークレットブーツぐらいじゃん。そしてシークレットブーツといえば橋本龍太郎(あの死に方は怪しいよな~)とプリンスね。
ま、身長ばっかりはどーにもなんないものなあ。
だけど、はっきり言って私はチビだが、それを劇的に変えられる手段が出現したとして、とびつくだろうか?・・・うーん、あり得ない。シークレットブーツより、はるかにドクター中松のピョンピョンシューズのほうが魅力的。ま、たぶん女の子にとってチビはコンプレックスになり得ないのかもしれないが、私はむしろ、小さいことのメリットを手放したくないね。
というのも、今はともかく、もっと若かった頃、生意気放題だったこの私が、そうは言ってもこの島国で特に憎まれも恨まれもせず、平穏に生きてこられたことには、たぶんこの小ささが役に立っていたんじゃなかろうか、と思ったりするからさ。もし、この性格で大女だったら、かわいげもなく目も当てられなかっただろう。その他には、小さいというだけで人に親切にしてもらえる(重いものを持ってもらったり、ものの上げ下ろしをしてもらったり)とか、いろいろ特典があるわけだ。はっきり言ってそれはメリットだと思っているから、問題どころじゃないのよね。
このように思うってことは、私、相当おめでたい性格なんだろうか、美の追究やダイエットの実践にも、もっとシリアスに取り組むべきなんだろうか・・・
な~んてなことを、お話の間ぼんやり考えていました。だってあんまり会話にならなかったんだもん。


今日の収穫:
プレゼンにおいては、「自分はこれだけ知っている」ってことを必要以上に強調すべきではない。
プレゼンにおいては、要点は簡潔に述べること。
プレゼンにおいては、途中で相手の理解度をはかったほうが得策である。
プレゼンにおいては、相手からのダイレクトな質問には、ダイレクトな中身で答えること。
プレゼンにおいては、相手が黙っている時の不安を消すためにさらにしゃべりを重ねることはさけたほうがよい。
で、
プレゼンとは、相手との勝負でなく相互理解の場だと考えたほうがよい。
・・・これらのことを学びました。
  1. 2006/07/15(土) 04:00:57|
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ふらふらする

昨日も寝苦しかった。
私の家は川沿いで、東京湾に面しているので、日中暑くても夜は風通しがよく、クーラーなんかめったにつけないで済む。だけど昨日3時半ごろ、気持ち悪くなって目が覚めてしまった。あまりの暑さにやられたみたい。仕方なく、クーラーつけて快適に寝たけれど、そんないわゆる熱中症みたいなときは、いくら水を飲んでもダメなんだって。スポーツドリンク系じゃないと効果ないらしい。
今日は、死にそうになって会社来たけれど、フラフラするし、頭に血が通ってない感じ。しんどいなあ~・・・。
考えてみたら、定時に帰る宣言が功を奏していたのも2週間程度で、気がつけばすっかり元の生活に戻っている。とりあえず終電までには帰るけど…って感じ。
なんでだろう?
  1. 2006/07/14(金) 15:52:46|
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寝苦しい夜

20060711044034たぶん暑さのせいで熟睡してなかったんだと思うけど、さっき何か夢を見ていたようで、私は彼が電話くれないかなあと思っていた。そしたら本当に電話が鳴って、彼からだったので、ホント驚いて、とても嬉しかった。それで、嬉しいと言ったと思うんだけど、今また目が覚めて、さっきのが全部夢だったのかしらと思ったのだけど、夢じゃなかったみたい。でもなんだったんだろう。そんなことってあるのね。不思議な感じ。
今夜もタワーは半分ついてる。電通もまだ仕事してる。今日は風がなくて暑い。私はけっこう寝汗かいてる。
なんか目が冴えちゃった
  1. 2006/07/11(火) 04:40:35|
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やばい・・・

このあと決勝戦を見ようと思っているのに、強烈な睡魔・・・
  1. 2006/07/10(月) 02:05:11|
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今日一日

■なんとなくイライラして過ごす。最近はイライラする気力もなかったことを考えれば、マシだと思ってみる。
■夕方5時過ぎたら、急に背中が痛くなり始め、ニコニコさんに湿布を貼ってもらう。
マッサージに行けば治る的な痛みじゃないだけに、やな感じ。みんなには「そりゃ肺だ」「そりゃ腎臓だ」などと、左右対称に2つあるものをテキトーに言われる。その気になって「病気療養と称して会社をしばらく休む」の図を想像してみる。
■夜、外部デザイナーMとパンクなディレクターKに対する慰労会。神宮前Good Honest Grubにて。
MとKと私は誤差の範疇でほぼ同世代。やっぱし、楽な感じする。いちいち真剣じゃない感じ、まっすぐさに気恥ずかしさを覚える感じ、ある種のものに対する強烈な抵抗感。ゆるい程度とそもそもある反抗心が同じ機軸なのかも知れない・・・と考えてみる。
■我々(世代的特徴なのか、人種的特徴なのか?)にとって、人を見るのに「面白いヤツか、そうじゃないか」ってのが、とにかく真っ先に来るってところが特徴的だと思った。たぶん我々にとっては、優秀であるとか、真面目であるとか、いい人であるといったようなことはどうでもよく、面白いか面白くないかだけにかかっている。
で、面白さというのは、年齢とか性別とか職業とかじゃなく、その人の色というか雰囲気というか、つまりパーソナリティなんだけど、それは結局のところ、アウトプットに個性があるかどうか。要するに発言にアイデンティティが感じられるかどうかなんだろうなあ。単純に人に同調するだけの人々、つまらない。
■我々は基本的に自分のことが大好きで、欠陥だらけなことを知っていて、いびつな自分を愛しているので、人のいびつさを愛せるわけだ。ある種の世代は、自分がいびつであることを認めたがらず、完璧に見せたがるので、結果として退屈さを伴う平凡であり、結果としていい恋愛(必ずしも幸せな帰着とは限らない)ができないことにつながってるように見える。その世代は相手からのベネフィットは考えても、自分はその相手に何を提供できるのかは考えない。都合よすぎるし、だいたい面白くない。
■「人生なんかどう転がるかわからない。だからいいんじゃん」という、計画性を100%否定したコマツザキ氏の言葉が、今日のすべてな気がする。この先何が起きるか、どうなるのか、さっぱりわからないけど、わかっちゃったらつまんないんだよねー。
■12時過ぎ。青山一丁目のホームで、超ファンキーな若い女の子(長いウソ金髪にカラコン、決してまったくスリムではないけどミニスカートで存在感のある足とお腹を露出している)2人が、ものすごい下品な英語交えた壮絶なマシンガントークで過激な話をしている。
それが、そこらへんで出会った六本木系ガイジンをめぐる騒動なのに、5秒後の展開は「北朝鮮には経済制裁だよ!」「テポドンうぜー」「だいたい●●学会さー、超うぜー、終わってるぅ」「なんだよカルト指定のくせしてさー」まで行っちゃってる。
そのしゃべり口と内容の異様なアンバランスさにウケて思わず顔を上げると、1人は私に、照れくさそうに「ハ~イ!」とアメリカンな挨拶。もう1人は「すいません、うるさくて」と言うので、よけい笑ってしまい、「面白いから続けてよ」と言ってみた。そしたら「面白いって!」と満足そう。で0.2秒後にはその続きが再開され、(あまりのすごさにここでは書けない)さすがに私も心配になって「信濃町も近いから気をつけな!」と言いたかったけど、そんなスキもなく彼女たちはしゃべり続け、六本木で降りていった。
  1. 2006/07/07(金) 02:25:10|
  2. 独り言ガミガミ
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出てくる出てくる・・・

問題というのはひとたび表面化すると、関連したいろいろな「事情」ってものが出てくるわ出てくるわ・・・・。世の常ですな。ま、目に見えることは氷山の一角なわけですね、なににつけ。
こういったことは知らずにいたほうがよろしいのでしょうが、何故か私はRSSを受信しているようなもの。情報がやってくるのです。困ったものだが、いつものことだし、もう楽しむことにした。
そーいや出るのは情報だけじゃなくて、うちの会社にはお化けも出るらしい。移転前からいる「男の人」で、どうやら会社にひっついているらしい。
「ホントかよ!」と思いつつも、「やっぱりね~!だから会社行くと具合悪くなるんだわ!」と納得したりしてね(だってホントだもん)。
「お化けが出るので会社には行きません」という辞め方もあるのか。それは自己都合なのか会社都合なのか・・・などと考えつつ。日本はテクノロジーの国なのに、いまだ人々は「お化け」の類を信じられるというのはユニークだね。
まーしかし、なんだね。
たとえ、いくら優秀な人がいたとして、血が通ってない感のある組織ってのは、魅力的じゃないですな。あるいは、そういったものが機能すれば、自然と血が通うようになるのかも知れないが、そのためには動脈硬化のような、やがて血栓を起こすことが見越されるボトルネックはなくしておかないと。でも人って、1回倒れないと健康の尊さをわからなかったりするから、予防には力を入れないものなんですよね。
なにかを刷新してパワーアップを図るには、とにかくみんなを引っ張っていく強烈なアイコン的人物が必要だけど、残念ながらそんな人はいない。多少クサくても、情熱をもってビジョンを語り、人を巻き込んでグワーっとやっていく、それができるかできないかってのも再生のカギだったりするけど、こればっかりは天性の素質によるところ大なのかもな・・・。
  1. 2006/07/04(火) 00:13:49|
  2. 独り言ガミガミ
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もしかして生涯青春て感じ?

若い子から人生の選択について相談を受けるが、やっぱし私は自分の通ってきた道以外のことは教えてあげられない。
私の場合は「若いうちは好きなことをやらなきゃしょうがない。若いうちというのはあまりにも短い期間であって、その期間では何をやっても、どんなに未熟でも許される。しかも私の人生は私のもの」としか思わず、そういう発想しかできないことによって、いわゆる「まっとうな生き方」とか、世の中のメインストリームからはかけ離れるのだろう、ということを最初から悟っていた。
けど、結果的に別に問題なかったと思っているし、何も後悔はしていない。というか、すごく満足している。
で、もうひとつは、「若いうちに好きなことをすべてやり尽くして、ある程度の年になったらものすごく落ち着いている人になりたい」と考えていたのだけど、これは実際落ち着いてしまったと感じた瞬間、ものすごく喪失感を味わった。
いずれにせよ私にとっては、人生をきちんとプランして着実にやってきた人の実感はまるでなくて、もしかしてそっちのほうが何倍もいいのかも知れないし、幸せなのかも知れないが、そういう人生のなにがよくて、なにが幸せなのかさっぱりわからない。私にとっては不可能な生き様を実践してきているという点で大いに感服するけれど、別にそれ以上のことはないなあ。

ただ、ひとつだけ思うのは、「流れる水はよどまない」ってことね。停滞はろくなことにはならない。

それと、最近になって本当に思うんだけど、人の言うことに耳を傾ける必要はまったくないってことね!他人はしょせん他人で、自分の人生にはあまり参考にならないってこと。
だから、私と話しているよりも、実行したほうがいいかも知れないよ!
  1. 2006/06/13(火) 23:31:22|
  2. 独り言ガミガミ
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ほんとうの仕事ってなんだろう?

私のライフテーマであり、何年もずっと考えているけれどわからない。最近、また真剣に考え始めるようになっている。
ジュゼッペ・ヴェルディはCasa di riposoをミラノに作り、その館が完成したとき
Questa e' la mia opera piu' bella!
と言ったのだ。
この話に感動しただけではなく、では私にとってヴェルディのCasa di riposoにあたるものってなんだろう?と思うのだけど、未だわからない。
女として、というか大人としてなのか人間としてなのかわからないけど、最大の仕事は1人もしくは複数の人間を生み、育てることなんだろうと思う。実際、それ以上に重要な仕事はないような気がする。どう考えてもそうとしか思えない。
じゃあ、私のように子供を持つことをハナから拒否している人間は、それに代替する何か有益なことをしないとまずいんじゃないか、生きている意味がないんじゃないか・・・と思うわけだが、それは果たして何なのか?
少なくとも、現在従事している仕事ではまったくないと考えるわけだが、じゃあ、何?
別に派手である必要はないし、その仕事によって私が有名になるとか、成功するとか、そういう類のこととはまったく異なるベクトルの話。
というか、むしろ地味で地道で人知れず、的な方向だろう。おそらくそれによる収入が発生した時点で、それは違うことになるだろう。また、その仕事の成果がカタチあるものとも限らない。
なんだろう?いつまでに見つければいいんだろう?
それとも、そんなことは考えずにいたほうがいいのだろうか?・・・というか、考えずにいた場合、その人生は破綻しないのだろうか?
  1. 2006/06/13(火) 01:55:33|
  2. 独り言ガミガミ
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