ガミガミ主義(全米ガミガミ屋協会公認)

食べるために生きるのであって、生きるために食べるようにはなりたくない

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カルラ・ブルーニにはまる日々

carla.jpgいったいなんなんだろうと思うけれど、かなりのアディクション。
朝、起きて聴いて、夜帰って聴いて・・・。何が特別いいというわけでもないのに、この心地よさはなんなんだろう?
日本版についてる能書きを読むと、私と彼女は同い年であることが判明。しかも、生まれ育ちの境遇も若干共通性あり。もちろん、彼女の家は私の500万倍スケールがでかいことは言うまでもないのだが。けど、その時点でかなりシンパシーを感じる。
言ってることも共感できる。例えば、「幸福というのは興奮や官能、情熱とも違う静かなもの」とか。
まあ、ある種の環境で育った人間は、ある種の独特な感性を身につけるのかも知れない。強烈な二面性とか、どこかが妙に冷めているとか。たぶん自分の生まれた家庭とそれ以外の世界、のようなギャップを認識したときから自動的に持たざるを得ない何か特殊なもの、しかもそれは一生つきまとって解消されることがない。そういったことを何も考えずに、純粋なままで大人になれる人はもしかして、私よりはるかに幸せなのかも知れない。けど、私自身はそれを幸福とも不幸とも思わない・・・といったような。
だいたい私は人見知りをしたことがなく、社交的に見えるだろうが、実際は誰にでも心を開くわけではない。自分のことを話すことに特に躊躇ないが、そのことと自分が心を開いている状態とは決定的に違う。人を受け入れることに抵抗はないが、自分の受け入れ先に関してはかなり極度に制限する。
要するに私は気むずかしい。そしてそのことをわかって欲しいと思っているのか、まったく思っていないのか、自分でもよくわからない。たぶん前者なのだろうが、誰にでもわかるわけがないことくらい知っているので、わかってくれる人にだけわかって欲しい。だけどわかってくれない人は最初から知覚しているので、それも大した問題ではないかも知れない。
・・・などと考えてみた。少し内省的になっているかも知れない。
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  1. 2006/05/10(水) 00:00:00|
  2. 音楽でガミガミ
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