ガミガミ主義(全米ガミガミ屋協会公認)

食べるために生きるのであって、生きるために食べるようにはなりたくない

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なんとなく悲しい朝の行動

朝、目が覚めたら頭が痛かった上に、なんとなく悲しい気持ちになっていて、何がどうというわけでもなくムショーに悲しい。そういうことあるじゃないですか。私特有の現象とも思わない(おしなべて女にはよくあることじゃないですか?)。
けど、悲しいからこのままベッドの中で過ごしたいと思いつつも、掃除をしたい、ベッドリネン一式替えたい、洗濯したい、アイロンかけたい、顔の手入れをしたい・・・などという「生活の欲求」も同じくらい強くあり、しぶしぶ起きあがる→カルラ・ブルーニのCDかける(また!!)→なぜか本能的に泣けてくる→もしかして、そもそもこのCDが精神によくないんじゃないだろうか?などと考えつつ→泣きながら掃除機をかける→ため息をつきながらベッドリネン替える→洗濯機が回るのをボーっと見つめている
などの一連の、ハタから見たらアタマおかしいんじゃないか的行動をとったのち、お迎えが来たので出かける。
月島でお好み焼き焼いて、午後になったら悲しさはどっかに行っていた。
女とはこうしたもの。男には絶対理解できないと思うし、深刻に受け止める意味はほぼ皆無だと思われる。

・・・と、言いますか、人間の感情には喜怒哀楽という超シンプルな4つのカテゴリが少なくともあって、「喜」や「楽」だけが「よいもの」というのが一般的なラベル分けなのかも知れないけれど、私はあんまりそう思わない。感情というのはそれ自体が素晴らしいもので、特に「哀」に関しては高等動物しか持ち得ないハイレベルな感情なわけだし。
しかも理由のない悲しさというのは、なんとなく哲学的で叙情的なもので、フランス文化の根本だったり、サウダージそのものだったりするわけで、そういうものが文学や音楽や絵画や詩などのモチーフだったりする。これを認識して肯定的に捉える民族というのも限られている(陽気さとかアホみたいな前向きさをよしとするアメリカ人にはほぼほぼわからない)。
だからなんなのか、というと、要するに悲しいからと言ってネガティブとも限らない、ということね。
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  1. 2006/05/14(日) 01:48:28|
  2. 独り言ガミガミ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

ガミガミさん。
おせっかいかもしれませんが、
深刻に受け止める意味はほぼ皆無だと思われる。・・・なんて軽く考えない方がいいですよ。

アタシのヨメはおよそ15年前、ガミガミさんのような状況から始まって、次第に憂鬱さが増して行き、「暗い彼女だけの世界に入り込んで行ってしまい、苦しんだのです。」
その後の投薬が効果をみて、今では普通に仕事もしていますが、前半5年間は、今でも記憶が無いと言います。

カウンセリング受けるだけでも楽になるそうですよ。
  1. 2006/05/14(日) 13:31:33 |
  2. URL |
  3. nozopoo #-
  4. [ 編集]

nozopooさんへ

コメントのしようがありません・・・
  1. 2006/05/14(日) 15:40:02 |
  2. URL |
  3. ガミガミ #-
  4. [ 編集]

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